東の海に吹く風


Final Fantasy Tactics


   



 一緒に本を読みましょう



 ある日の昼下がり、私はふとクレティアンの部屋を訪ねた。せっかく私が暇を見つけてきたというのに、あの人はちっとも相手をしてくれない。机に向かって本から一秒たりとも目を離さずに「はいはい、今忙しいからしばらく一人で遊んでいてくれないか?」と放言している始末。私を何だと思っているのかしら? 暇な猫とでも? 
 けれど私も構ってもらえなくてすねる年頃ではないので、そのまま彼の部屋で時間を潰すことにした。藁を座布団代わりに床に散らかして自分の居場所をこしらえると、本棚から何気なく書物を取り出した。あ、この本には見覚えがあるわ。そうだわ、ローファルが持っていたのを見たことがある。魔道書だった。魔法の勉強に、と私はページを開いた。
「『テレポ、古代の白魔法、使用者の体力を消費して空間を移動する。デジョン、古代の黒魔法、使用者の体力を消費して時空を移動する。古の争いより封印されたが、近年発掘されたその呪文は、”ファルオス・ケオス・デ・バンダ――”」
「メリアドール!よせ、よすんだ! 私を次元の狭間に放り込む気か!?」
「次元の狭間? 何のこと?」
 私が読書に没頭していると、クレティアンが慌てた様子ですっ飛んできた。私が何のことだか分からず首をかしげていると、クレティアンはそのまま本を取り上げた。「こんなものは焚書にするべきだ」
「あら、珍しいわね。あなたがそんなことを言うなんて。本は大事に扱うべきだっていつも言ってたじゃない」
「これは葬り去って良い類の本だ」
「ふぅん…」
 彼がそれ以上話そうとしないので、この話はそこまでになった。そしてクレティアンが机に戻ろうとする前に、私はすかさず彼の服をつかまえて私の隣に座らせた。諦めたのか、観念したのか、机に広げていた本を手に取ると床に座り直し、私を膝の上に迎え入れた。私はおとなしく彼に抱かれていた。最初からこうしてくれればよかったのに。
「一緒に読もうか」私にも見えるようにと本を私の前に広げた。
「『ウイユヴェール』ね。私も少しだけ読んだことがあるわ」
 クレティアンが耳元で囁いた。「お前はよくシモーヌに似ているよ」
「あら、どういう意味かしら…? まるで私が寝返った暗殺者みたいに言うのね。ひどい人」
「違うさ、そんな意味で言ったんじゃないよ」
 彼の手が私の首元に伸びた。首すじとフードとの間に添ってその手がそろそろと上にあがり、緑色のフードがぱさりと肩に落ちた頃にははちみつ色の長い髪が肩に散らばっていた。クレティアンは優しくくしけずりながら、キスをした。
「”はちみつのような甘い髪の色、緑色の瞳の女、彼女の名前はシモーヌ”――誇りと信念を持って生きる人は美しい」
「本当? 私も、あなたがパブロに似ているってずっと思ってたの」
「わ、私が豚に似ていると…!? メリア、ちゃんと見るんだ。全然似てないだろうが!」
「父に紹介されて私たちが初めて会ったその日の夜に、いきなり私の部屋に夜這ってきたのはどなたかしら? しかも『団長の娘だから攻略しがいがあっていい』とか言ってたわね。野生の獣そっくりだったわ」
「すみませんでした」
「それとも、あなたは身も心もルカヴィにそっくりね!って本音を言って欲しい?」
「誠に持ってすみませんでした、そしてお気遣いありがとうございます」
「もう!」
 いつの間にか私の前に身を投げ出して小さくなっているクレティアンを見て、しょうがないんだから、と私は彼の頭を撫でた。
「それにイヴァリースの豚ってとっても貴重なのよ」
「と、言うと…」
「シャンタージュってどうやって作るか知ってる?」
「……メリアドール? 私を役に立つ有用品扱いしてないか?」
「そんなこと思ってないわよ。クレティアン、あなたはいつだって私の大切な人よ……」
 私は彼の手を取って言った。これは私の本心だった。が、彼はあまり信じてくれなかったようで、機嫌を損ねてしまったようだ。すっかりしょげかえっている。でも、そうやってすねた顔がまた可愛いのよね、と、これは口に出さずに密かに心の奥にしまっておいた。

 後日、私の元にリボンで飾られた一瓶の香水が届けられた。以来、私はずっと愛用し続けている。


・シャンタージュは恐喝という意味です。






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