東の海に吹く風


Final Fantasy Tactics


   


明日の見えない私たち



Chapter 2. Beneath A Moonless Sky



父さん、

母の名前を覚えていますか
家族で共に過ごした日々を覚えていますか
死んでしまった人たちのことを覚えていますか

私には、もう家族がばらばらになってしまったような気がします


私は家族とのあたたかい思い出を持っている。
私には父と母と弟がいた。裕福な貴族ではなかったが、貧しくもなかった。慎ましやかで、平穏な家庭だったと思う。
けれど、母は弟を産んですぐに亡くなってしまった。
父は母のことをとても愛していたから、その時、私たちは手を取り合って、身を寄せて共に涙を流して悲しんだ。
 ――それももう昔の話。

弟が戦死したと聞いた。
私は悲しんだ。私はとても悲しかった。私は涙を流した。
しかし、父はもう一緒に泣いてはくれなかった。

家族を喪ったのだと感じた。

私は釈然としない気持ちを抱えていた。悲しみ。喪失感。それだけではない。言いようのない――<    >――という気持ち。
リオファネス城で騒動があった<らしい>という情報は父がフォボハムから戻る前に知っていた。
父が戻ったら詳しく教えてもらえるだろうと思っていた。だが、父は何も言わなかった。
一言も。弔いの言葉さえも。
「ヴォルマルフ団長」
私は襟を正して父に向き合った。
父は、私の父である前に騎士団長だった。
「リオファネス城で不可解な事件があったと聞きましたが……イズルードが戦死したそうで……」
「戦死? あれは戦死などではない。せめて聖石でも持ち帰れば殉教と言ってやってもよかったのだが」
言葉が胸に刺さる。
それ以上、父の口から冷淡な言葉を聞きたくはなかった。
「失礼いたします」
踵を翻してその場を離れた。
リオファネス城で何が起きたのか。どうして弟は死んだのか。何も知らされなかった。
初めて、父に対して不信感を覚えた――……

リオファネス城から帰還した父は一人の女性を連れていた。名前はアルマ・ベオルブ。
いくら世間に疎い私でもその名前は知っている。天下のベオルブ家のご令嬢。
どうしてその子が父と一緒にいるのかは分からない。彼女とは一度姿を見かけただけで言葉は交わしていない。
父は彼女のことを慕っていた。まるで聖女に仕える騎士のように恭しく振る舞っている。
それは騎士として正しい作法なのだろうと思った。
だけど、その光景を見て、私は、少しだけ、寂しい、と感じた。
私の思い出の中では、今でも父の隣には母の姿がある。
 ――父さん、母さまの名前を覚えていますか……?
自分がいつまでも死んだ人の記憶を引きずっているだけなのかもしれない。弟が死んだことを受け入れられずに、<何故>弟は死んだのか、と自分に問い続けている。
リオファネス城で何が起きたのかが分かれば、私は自分が納得できると思った。弟の死に正当な理由が欲しいと思った。
何か理由がなければ、こんな理不尽な現実を受け入れられない――
 ――いいえ、本当は、昔の日々を懐かしんでいるだけなのかもしれないわ。
けれど、時は淡々と流れていく。

父は変わってしまったのだということがはっきりと分かった。
 ――いつから?

おぼろげな家族の記憶。
遠い昔の記憶。

思い返せば、私に<家族>の記憶はそもそもなかったのかもしれない。
母と一緒に過ごした日々は、思い出すにはあまりにも短い。
<家族>の日々を確かめようにも弟は逝ってしまった。もう一緒に語ることも出来ない。

悶々としていても仕方ないと思い、ある晩、私は意を決してアルマ嬢に会いに行く覚悟をした。
彼女なら、リオファネス城で起きた事件を知っているはずだ。彼女の口から真実を聞きたい。私は真実を知るべきだ。
彼女は貴賓室に滞在していた。
彼女の部屋に続く長い廊下を私は一人で歩く……静かな廊下に響く話し声。
「ヴォルマルフ様は自分の娘より若い女を囲おうとしている」
はっきりと響いた侮蔑の言葉。私は頭に血がのぼった。
それは見過ごせない言葉。
「父を侮辱しないでッ!」
声の主は私が姿を探す前に逃げていったようだった。
「父がアルマ嬢を愛人にしようとしているですって!? そんな馬鹿馬鹿しい噂はやめて頂戴――父を侮辱したのは誰? 今すぐ名乗り出なさい――ッ」
床を踏み、腹の底から怒鳴りつけた。
「父の名誉を傷つけないで! アルマ嬢にも失礼だわ――」
誰もいない(と思われる)暗闇を相手に説教をする虚しさを急に感じ、私はそこで言葉をやめた。

 ――こんなの、あんまりだわ。

月も見えない暗闇の中を、どこへ行くのかも分からないまま走った。
やり場のない感情が私の中で渦巻いている。
弟の死、父の冷たい態度。私は家族を喪ってしまった。どうしてこうなってしまったんだろう――

どん、と誰かの肩とぶつかった。
「メリアドール、具合が悪そうだが?」
「具合が悪いんじゃないわ。機嫌が悪いの」
ローファルの声だった。
月のない夜でよかった。私が今どんな顔をしているのか、彼に見られなくてすむ。
「どうした? どうしてそんなに機嫌が悪いんだ?」
「別に……ただちょっとイズルードのことを考えてただけよ」
「イズルード。ああ……ファーラム。イゾルデさまの忘れ形見だったのに――」

私は息を飲んだ。
イゾルデ。それは母の名前。

ああ、母の名前を覚えている人がいたなんて。
遙か彼方に過ぎ去ってしまった家族の思い出が胸の中に去来した。



2016.08.04



(あとがき)
・イズメリのお母さんの名前をやっとお披露目できました。イゾルデさんといいます。これからも彼女のことは少しずつ書いていくかも知れません。以後お見知りおきをよろしくお願いします〜
・イズルードの名前は母の名前(イゾルデ)から……という作中設定がありますw
・章題の Beneath a moonless sky はミュージカル「オペラ座の怪人II(Love Never Dies)」の中の一曲からお借りしました。 





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